谷川さんの詩

立て続けに投稿失礼。詩人、谷川俊太郎さんが、朝日新聞に連載していた詩が詩集となった『こころ』を読んでいて、その洞察がとても腑に落ちるものだったので少し抜粋させて頂きます。



「悲しみについて」


舞台で涙を流しているとき

役者は決して悲しんではいない

観客の心を奪うために

彼は心を砕いているのだ


悲しみを書こうとするとき

作家は決して悲しんではいない

読者の心を摑むために

彼女は心を傾けているのだ


悲しげに犬が遠吠えするとき

犬は決して悲しんではいない

なんのせいかも分からずに

彼は心を痛めているだけ



この詩からは、作家や役者などの苦悩や、受け手としての他者のために、意図的に乖離させなければいけない精神というものの舞台裏が、見事に表現されています。



「白髪」(一部抜粋)


隠しているんじゃない

言葉を探しあぐねて

堂々巡りしてしまうんだ

せめぎあう気持ちは

一言では言えない

言えば嘘になる

だから歯切れが悪いんだ

言葉ってしんどいな

静寂がほしい


こちらは、頭のなかで反駁してしまう言葉、言葉を選ぶまでのプロセス、そして、選んだところでその言葉によりこぼれ落ちるであろう感情というものの危惧が、繊細に書かれています。

少し、自分を責め過ぎていたのではないか、という気持ちになると同時に、真面目にやっていても伝わらない感情というもののもどかしさから救われて、すこし楽になりました。

先日、煩悩が取り払われるのではないかと思い、天台宗のとある寺までの修行の石段を上ってきたのですが、――谷川氏の詩にも無や空を扱ったものが同詩集の中にあります――そこで行われる修行というものの基本は写経です。つまり般若心経なのですが、その教えはひとえに「ゆるがない心、とらわれない心」です。過度に、自己嫌悪などに陥ることなく、自身と忠実に向き合いながら生きていけばきっと救われるのだろうと思います。
 今回は批評文というものではなく、極私的な内容になりました。お許し下さい。

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